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福岡高等裁判所 昭和41年(ネ)773号 判決

主文

原判決を次のとおり変更する。

(一)  控訴人は、被控訴人から金三三〇万三、〇〇〇円の支払いを受けるのと引換えに被控訴人に対し、別紙目録二記載の家屋を引渡して同目録一記載の土地を明渡せ。

(二)  控訴人は被控訴人に対し金一五四万四、五一五円を支払え。

(三)  被控訴人のその余の請求を棄却する。

(四)  訴訟費用は一、二審とも控訴人の負担とする。

この判決は(二)項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者双方の求めた裁判

一  被控訴人の本訴請求の趣旨

(一)  控訴人は被控訴人に対し、別紙目録二記載の家屋を収去して、同目録一記載の土地を明渡せ。

(二)  訴訟費用は一、二審とも控訴人の負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

二  被控訴人が当審で訴の追加的変更によつて拡張した請求の趣旨、主文(二)項と同旨の判決および仮執行の宣言を求める。

三  控訴人の控訴請求の趣旨

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決、および控訴人敗訴の場合の担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求める。

四  被控訴人の当審での訴の追加的変更に対する控訴人の本案前の申立

右訴の変更を許さない旨の決定を求める。

五  被控訴人の当審での拡張部分の請求に対する控訴人の本案の申立

被控訴人の右拡張部分の請求を棄却する。

との判決を求める。

六  控訴人の控訴請求の趣旨に対する被控訴人の申立

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

との判決を求める。

第二  被控訴人の請求の原因

一  別紙目録一記載の土地(以下本件土地という)は被控訴人の所有であるが、控訴人は同地上に同目録二記載の家屋(以下本件家屋という)を所有して右土地を不法に占有している。

二  よつて被控訴人は控訴人に対し、右家屋を収去して右土地の明渡しを求める。

(被控訴人が当審で拡張した請求の原因)

三  被控訴人が右請求の原因一項のとおり、控訴人が本件土地の不法占有をはじめた昭和三四年一一月二六日ごろより後である同三六年六月一日から右土地明渡済みまで、その賃料相当の一ケ月金二万一、〇〇〇円の割合による損害を被つたので、控訴人に対して右損害金(以下本件損害金という)の支払いを求める。

第三  控訴人の答弁と抗弁

(答弁)

一  被控訴人の請求の原因一項の事実は認める。

(抗弁)

二 訴外清水実は昭和一九年一〇月ごろ被控訴人から、建物所有の目的で本件土地を賃借して、同地上に本件家屋を所有して来たが、同三四年一一月二六日ごろ控訴人に対し、借受債務金約四〇万円の代物弁済として右家屋と右土地の賃借権(以下本件賃借権という)を譲渡して、同日付で右家屋の所有権移転登記をし、かつ控訴人はそのころ被控訴人から右賃借権の譲渡の承諾を得たので、右土地の正当な占有権原を有する。

三 仮に右主張が認められないとしても、被控訴人が本件賃借権の譲渡を承諾しなかつたのは権利の濫用である。

即ち、控訴人と清水との間では、本件家屋の譲渡後の昭和三四年一二月一日、右家屋を控訴人から清水に賃貸し、本件土地の賃料は従前どおり同人から被控訴人に支払う旨の契約がなされ、以後同三六年五月末日までの間は右契約どおり履行されて来たので、控訴人が本件賃借権の譲渡につき清水を通じて被控訴人の承諾があつたものと信じたのは無理からぬことであるうえ、実際にも本件家屋には従前どおり清水が居住しているから右賃借権の譲渡はなんら被控訴人の権利を損わず、むしろ開業医として清水より安定した経済力のある控訴人が賃借した方が被控訴人にも有利である。したがつて被控訴人が本件賃借権の譲渡を承諾しないのは借地法九条の二に照しても違法であり、本件請求は権利の濫用として許されない。

四 また仮に右各主張が認められないとしても、控訴人は昭和四二年七月一八日の当審での第三回口頭弁論期日に被控訴人に対し、借地法一〇条により本件家屋を当時の時価の金三三〇万三、〇〇〇円で買取るべき旨の意思表示をし、かつ右家屋につき留置権を行使したので被控訴人からの右代金の支払いと引換えでなければ、右家屋を引渡して右土地を明渡すことはできない。

(被控訴人の当審での訴の追加的変更に対する本案前の抗弁)

五 被控訴人の当審での訴の追加的変更は、これによる拡張部分の請求につき控訴人の一審での審判を受ける利益を奪うから、許されるべきではない。

(被控訴人の当審での拡張部分の請求に対する答弁)

六 本件土地の賃貸借契約は昭和一九年一〇月一七日ごろ被控訴人と清水との間に成立したから、右土地の賃料相当の損害金の額についても地代家賃統制令が適用されるべきで、賃料の時価を基準とするのは違法である。

しかも控訴人は、被控訴人主張の昭和三六年六月一日以降本件土地の賃料として右統制賃料の額を上廻る一ケ月金一、五〇〇円の割合による金員を弁済のため供託しているから、被控訴人の損害金請求権は消滅した。

第四  控訴人の抗弁に対する被控訴人の答弁と再抗弁

(答弁)

一  控訴人がもと清水の所有であつた本件家屋を昭和三四年一一月二六日ごろ同人から譲受けて同日その所有権移転登記をしたこと、およびその後も同三六年五月末日までの間本件土地の賃料が清水から支払われていたことは認めるが、その余の事実は否認する。

なお本件家屋の譲渡は期限一年の買戻しの特約付きで、その実質は貸金の担保のためであつたうえ、清水はその後も右家屋の譲渡自体を極力争い長い間訴訟を続けていて、本件賃借権を控訴人に譲渡する意思はなく、かつ本件土地の賃料も自己の債務として支払つて来たのであるから、控訴人が本件家屋とともに本件賃借権をも清水から譲受けたものではない。

二  また控訴人も、本件家屋の譲受け後本件賃借権の譲渡につき被控訴人に承諾を求めたことはなく、昭和三七年一月一九日付内容証明郵便で被控訴人から本件土地の明渡しを求めた後にはじめて第三者を通じてあらたに右土地の賃借を申込んだにすぎないから、被控訴人が右賃借の申込みを拒否しても、控訴人が本件家屋の買取請求権(以下本件買取請求権という)を取得することはない。

(再抗弁)

三 仮に右主張が理由がないとしても、被控訴人は、控訴人が本件買取請求権を行使する以前の昭和三六年六月に、清水との間で本件土地の賃貸借契約を合意解除したから、控訴人は右買取請求権を行使できない。

四 仮に右各主張が理由がないとしても、控訴人の本件買取請求権の行使は権利の濫用として無効である。即ち、

(一)  控訴人は本件家屋を譲受け後その賃借人である清水から一回金五、〇〇〇円の賃料を受取つたにすぎず、かつ同人に対する勝訴の確定判決を得た後も右家屋の明渡しの強制執行もせず、また右家屋の二階の三部屋は清水が他に賃貸し、公道に面した部分には同人が店舗を二軒新築し、自己の所有と主張して他に賃貸しているが、控訴人はこれらの複雑な違法状態を放置してなんの措置もとつていない。

(二)  以上のとおり被控訴人は本件家屋に対する権利を放棄した状態にあるうえ、右家屋は朽廃して公道への通路も不明であり、被控訴人は右家屋を買取つてもその整理に多大の費用と長年月を要するが、控訴人は被控訴人を困らせるため本件家屋に関する紛争を一切被控訴人に押しつけて、自らは投下資金の回収と多大の利益を得て右紛争からのがれようとしている事情にあるから、控訴人の本件買取請求権の行使は権利の濫用である。

第五  被控訴人の再抗弁に対する控訴人の答弁

被控訴人の右各再抗弁事実は全部否認する。

第六  証拠関係(省略)

理由

一  本件土地が被控訴人の所有であり、控訴人が同地上に本件家屋を所有して右土地を占有していることは、当事者間に争いがない。

二  そこで控訴人が清水から本件土地の賃借権を譲受けて、被控訴人からその承諾を得た旨の控訴人の抗弁について判断する。

まず控訴人が清水から本件賃借権を譲受けたか否かについて検討するに、成立に争いのない甲二号証、乙九号証および原審証人村上愛子、同浅利キクエ、当審証人清水実(一部)の各証言と原審における被控訴人本人尋問の結果によれば、本件土地はもと被控訴人の兄の所有であつたが昭和一九年一〇月ごろ清水が建物所有の目的でこれを賃借して同地上に本件家屋を所有していたところ、同二四年二月二四日ごろ被控訴人が兄から右土地の贈与を受けて清水に対する賃貸人たる地位を承継したこと、他方清水は控訴人からの借受債務金四七万円の返済ができなかつたため、同三四年一一月二六日ごろ右債務の弁済にかえて本件家屋を控訴人に譲渡し、同日付売買を原因としてその所有権移転登記をしたこと、また控訴人は清水から本件家屋を譲受けた後の同年一二月一日右家屋を同人に賃貸し、かつ本件土地の賃料は控訴人にかわつて清水から被控訴人に支払う旨の契約がなされ、以後被控訴人が右賃料の受領を拒んだ同三六年五月末日までの間は右契約どおり履行されたことが認められるから、右の事実によれば、控訴人は本件家屋を取毀してその資材等を利用する目的ではなく、これを引続きその敷地上に存置して利用する目的で清水から右家屋を譲受けたことが明らかであり、したがつて被控訴人は本件家屋とともに、その敷地である本件土地の賃借権も同時に清水から譲受けたものと認定され、当審証人清水実の証言中右認定に反する部分は前掲各証拠に照して採用し難い。もつとも成立に争いのない甲五ないし八号証郵便官署作成部分については成立に争いがなく、その余の部分については原審における被控訴人本人尋問の結果により真正に成立したと認められる同一号証と、原審証人浅利キクエ、当審証人清水実の各証言によれば、清水が本件家屋を控訴人に譲渡した際には買戻しの約定がなされていたが、清水はその後右家屋の譲渡自体を争つて長い間訴訟を続けたこと、控訴人は本件家屋の譲受け後の昭和三六年六月ごろに被控訴人から抗議を受けた際にもなお本件賃借権の譲渡につき被控訴人の承諾を求めず、同三七年一月一九日付内容証明郵便で被控訴人から右家屋の明渡しを求められた後になつてはじめて本件土地の賃借方を被控訴人に求めたことが認められるけれども、以上の事実だけでは前認定を覆すに足りず、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

三  そこで本件賃借権の譲渡につき被控訴人が承諾したか否かにつき検討するに、原審証人浅利キクエの証言中控訴人の右主張に添う部分は後記各証拠に照して採用し難く、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。かえつて前認定の事実に、原審(一部)および当審証人浅利キクエ、原審証人村上愛子、同舛重哲郎、当審証人奥村昇の各証言と原審および当審における各被控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人は昭和三六年六月ごろ、清水が無断で本件家屋と本件賃借権を控訴人に譲渡したことを知つて、同人に対し同月一日以降の右土地の賃料の受領を拒否するとともに、控訴人に右土地の無断使用について抗議し、更に同三七年一月一九日付内容証明郵便で控訴人に右土地の明渡しを求めたこと、控訴人はこれに対して同年一月末ごろから再三第三者を通じて被控訴人に本件土地の賃借を求めたがその都度拒否されたことが認められるから、結局本件賃借権の譲渡につき被控訴人の承諾はなかつたことが明らかである。

四  次に被控訴人の本件賃借権の譲渡の不承諾が権利の濫用である旨の控訴人の抗弁につき検討するに、前認定の事実に当審証人清水実の証言によれば、本件家屋は清水が控訴人に譲渡した後も同人が賃借して引続きこれに居住し、かつ本件土地の賃料も控訴人との約定により従前どおり清水から被控訴人に支払われて来たことが明らかであるけれども、以上の事実から直ちに控訴人が本件賃借権の譲渡につき清水を通じて被控訴人の承諾が得られていたと信じたことが無理からぬことであつたとは解し難いうえ、一般に土地の賃貸人としてはその賃借人が何人であるかは重大な関心事であり、右土地の賃借権の譲渡を承諾するか否かを決するにも、単に譲受人の資力だけを考慮するにとどまるものとは解されないところ、本件賃借権の譲渡の際に、控訴人や清水から事前または事後に被控訴人に承諾を求めた形跡はないうえ、控訴人はその後同三七年一月に右土地の明渡しを求められてはじめて第三者を通じて被控訴人に右土地の賃借を申込んだにすぎないことは前認定のとおりであり、その間本件家屋を譲受け後二年余もの間被控訴人に無断で本件土地を占有していたことが明らかである。しかも借地法九条の二は、土地の賃借権の譲受人が事前に賃貸人に譲渡の承諾を求めた場合に関する規定であることはその規定自体より明らかであるから、以上の各事実を考慮すると、被控訴人が本件賃借権の譲渡を承諾しなかつたことが借地法九条の二の趣旨に違反した違法なものとはいえず、したがつて右賃借権の無断譲渡を理由とする本訴請求が権利の濫用として許されないものとは解し難いから、被控訴人の右主張は理由がない。

五  そこで控訴人の本件家屋の買取請求権行使の主張について検討するに、控訴人が昭和四二年七月一八日の当審での第三回口頭弁論期日に右買取請求権を行使する旨の意思表示をしたことは記録上明らかであり、また控訴人は本件家屋とその敷地である本件土地の賃借権を清水から譲受けたが、被控訴人が承諾しなかつたことは前認定のとおりであるから、控訴人は借地法一〇条により、被控訴人に対して本件家屋の買取請求権を有するものというべきである。

なお被控訴人は、控訴人が従来本件賃借権の譲渡につき承諾を求めたことはないから本件買取請求権は発生しない旨主張するけれども、借地法一〇条所定の買取請求権が成立するには、敷地の賃借権の譲渡がその賃貸人に対する関係で有効でなく、したがつてその譲受人が賃貸人に対する関係で敷地使用の正当な権原を有しないことを要件とするにとどまるから、右譲受人が賃貸人に対して賃借権の譲渡につき全く承諾を求めなかつた場合も含まれると解すべきであり、したがつて被控訴人の右主張は理由がない。

六  更に被控訴人は、被控訴人と清水との間の本件土地の賃貸借契約は本件買取請求権の行使以前に合意解除されたから右買取請求権は行使できない旨主張するけれども、家屋の譲受人が買取請求権を行使し得るためには、原則として、その敷地の賃借権が右家屋の譲渡の際に存在することを要するが、実際に右買取請求権を行使する時点まで存続している必要はないものと解されるところ、控訴人が清水から本件家屋と本件賃借権を譲受けた後その買取請求権を行使するまでの間に、被控訴人主張のように、その敷地の賃貸借契約が合意解除されたとしても、右合意解除によつて第三者の権利を害することはできないから、控訴人はなお本件買取請求権を行使できるものと解すべきであり、したがつて被控訴人の右主張も理由がない。

七  更に被控訴人は、本件買取請求権の行使が権利の濫用である旨主張するので検討するに、前掲甲五ないし八号証、原審および当審証人浅利キクエ、当審証人清水実の各証言、原審における被控訴人本人尋問の結果と、当審における検証の結果によれば、被控訴人主張の前記第四の四の(一)の事実が認められ、被控訴人が本件家屋を買取つてもその整理に多大の費用と年月等を要することも窺われるけれども、他方当審における証人清水実の証言と被控訴人本人尋問の結果および検証と鑑定の各結果によれば、控訴人が右のように本件家屋につき清水のなすがままに放置していたのは、同人が控訴人に極力抗争する態度を示していたことにもよるものであながち控訴人だけの責任とも解し難いうえ、本件家屋が朽廃して公道への通路も不明であるとはいえず、しかも本件土地は北九州市小倉区内の繁華街にありその時価もかなり高いから、被控訴人が本件家屋を買取つてその敷地を含む付近一帯の所有地全部を使用収益し得ることとなる利益は大きいものと解され、かつ被控訴人主張のように控訴人が故意に被控訴人を困らせるために本件家屋に関する紛争を一切被控訴人に押しつけて右紛争からのがれようとしているものと認めるに足りる証拠はない。したがつて以上の各事実のみではいまだ本件買取請求権の行使が権利の濫用として許されないものとは解し難く、他に被控訴人の右主張を認めるに足りる証拠はないから右主張も理由がない。

八  そうすると控訴人の本件買取請求権の行使は正当であり、その結果控訴人と被控訴人との間には右家屋につきその際の時価で売買が成立したのと同一の効果が生じたものというべく、それによつて右家屋の所有権は被控訴人に移転して控訴人は右家屋の収去義務を免れ、被控訴人に対して右家屋を引渡してその敷地を明渡す等の義務を負う反面、被控訴人は控訴人に対し右買取請求の時における価額相当の右家屋の代金の支払義務を負うに至つたものと解するのが相当であり、かつ当審における鑑定人西村泰寿の鑑定の結果によれば、本件家屋の昭和四二年七月当時の価額は金三三〇万三、〇〇〇円であると認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

しかも控訴人は、被控訴人から右代金の支払いを受けるまで本件家屋につき留置権を行使する旨主張し右主張は正当であるから、結局被控訴人からの右代金の支払いと引換えでのみ本件家屋の引渡とその敷地の明渡義務を負うことが明らかである。

九  次に被控訴人が当審で訴の追加的変更によつて拡張した損害金請求の点について検討する。

まず右訴の追加的変更は許されない旨の控訴人の本案前の抗弁につき判断するに、被控訴人の右損害金の請求は控訴人の本件土地の不法占有を前提とする本件家屋の収去と右土地の明渡請求に附随したもので、その当否については金額の点を除いて格別の立証を要せず、右家屋収去と土地明渡の請求権の有無の判断に附随して判断され得るものであるうえ、民事訴訟法二三七条によれば、控訴審における訴の追加的変更も許されるから、控訴人が右損害金の請求に関し一審で審判を受ける利益が奪われるからといつて直ちに右訴の追加的変更が許されないものとはいえず、したがつて控訴人の右本案前の抗弁は理由がない。

一〇  そこで本件損害金請求の当否について検討するに、当事者間に争いのない事実と前認定の事実によれば、控訴人は昭和三四年一一月二六日清水から本件家屋を譲受けて以来控訴人に対抗し得る正当な権原なしに本件土地を不法に占有使用して来たことが明らかであるから、本件買取請求権行使のときまでは少くとも過失によつて被控訴人に対し右土地の使用収益を妨げて賃料相当額の損害を負わせたものというべく、かつ当審における被控訴人本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲三号証と原審における被控訴人本人尋問の結果によれば、本件土地の賃料相当額は被控訴人主張の昭和三六年六月一日以降少くとも一ケ月金二万一、〇〇〇円を下らないものと認められるから、結局控訴人は被控訴人に対し、本件土地の不法占有を開始した後である昭和三六年六月一日から本件買取請求権が行使された日の前日の昭和四二年七月一七日までの間は右土地の不法占有による損害金として、賃料相当の一ケ月金二万一、〇〇〇円の割合による金一五四万四、五一五円(昭和四二年七月一日から同月一七日までの分は日割計算により、かつ円未満は切捨て)を被控訴人に支払う義務があるものというべきである。

一一  なお被控訴人は、本件買取請求権の行使後も本件土地の明渡済みまでの間の本件損害金をも請求しているが、控訴人が本件家屋につき留置権を行使したので、被控訴人から右家屋の代金の支払いを受けるまでこれを留置することができ、したがつてその間はその敷地である本件土地を適法に占有する権原を有することになるから、右買取請求権の行使後は被控訴人主張のように本件土地の不法占有による損害は発生せず、結局被控訴人の右損害金の請求部分は理由がない。また被控訴人は本件買取請求権の行使後本件土地の明渡済みまでの間の控訴人の本件土地の占有による賃料相当の不当利得の返還請求の主張をしていないうえ、控訴人が本件買取請求権の行使後控訴人が本件家屋を自ら使用しまたはこれを他に賃貸して賃料を受取つていることにつきなんらの主張立証もしないから、被控訴人は右土地の占有による不当利得金として右家屋の賃料相当額の返還を請求することもできないものというべきである。

一二  また控訴人は、右損害金額については地代家賃統制令が適用されるべきである旨主張するので検討するに、本件土地は昭和一九年ごろ清水が建物所有の目的で賃借して同地上に本件家屋を所有して来たことは前認定のとおりであるから、右土地の賃料額については地代家賃統制令の適用があるが、本件の場合には、控訴人が本件土地の賃借権を無断で清水から譲受けた後は、被控訴人は控訴人に対して右土地の不法占有を理由に右家屋の収去と右土地の明渡しを求める権利があり、したがつてその後は地代家賃統制令の適用を受けることなく自由に右土地を利用し収益することもできたのであるから、控訴人の右土地の不法占有によつて被控訴人が被つた損害金の額については地代家賃統制令の適用はなく時価相当の金員を請求し得るものと解するのが相当であり、結局控訴人の右主張は理由がない。

一三  また控訴人は、本件損害金は弁済のため供託している旨主張し、成立に争いのない乙一ないし八、一一ないし一九号証によれば、控訴人は昭和三六年六月一日から同四五年八月末日までの間本件土地の賃料として一ケ月金一、五〇〇円の割合による金員を弁済のため供託していることが認められるけれども、以上はすべて本件損害金として供託されたものではないから、右供託によつて被控訴人の前記損害金請求権が消滅することはなく、したがつて被控訴人の右主張も理由がない。

一四  以上の理由により、被控訴人の本訴請求は、控訴人からの本件買取請求権の行使により右認定の限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は棄却すべきである。よつてこれと結論を異にする原判決を主文のとおり変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条九六条、本件損害金の請求部分に対する仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用し、なお被控訴人のその余の請求部分に対する仮執行宣言の申立および控訴人の仮執行免脱宣言の申立はいずれもこれを付するのが相当でないので却下することとし、よつて主文のとおり判決する。

別紙

目録

一 北九州市小倉区白銀町四番地

宅地   六二五、六八平方メートル(一八九坪二合七勺)

のうちの後記家屋の敷地の部分、実測一〇九、六四平方メートル(三三坪二合二勺)

二 同  市同 区大字三萩野字庄代八一九番地

家屋番号 八一九番

木造瓦葺二階建居宅一棟

一階   六三、九六平方メートル(一九坪三合五勺)

二階   四二、九七平方メートル(一三坪)

(別紙図面省略)

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